自身の声のみで作られたアルバム「Universal Quiet」(2014年)で、クラシカル、民俗音楽、ウィスパー、ポエトリーリーディング等を昇華した独自の歌唱解釈を構築したシンガー/音楽家“Hatis Noit”(ハチスノイト)。その後ロンドンへ活動拠点を移した彼女が、ニュー・アルバム「Aura」をペンギン・カフェ、ニルス・フラームなどが所属するUKのレーベル『Erased Tapes』よりリリース!
彼女が声の音楽に目覚めたのは16歳のときだと言います。ネパールにある仏陀の生誕地へトレッキング中、ある朝、尼寺に滞在していた彼女は、一人お堂でお経を歌う尼僧に出会い、その声の原始的な力強さに心を打たれました。声は人間にとって最も古く直感的な、とても特別な楽器であると気づいたのです。
アルバムのタイトル曲「Aura」では、生まれ故郷である北海道・知床の森で道に迷ってしまった時の心象風景を見ることができます。「日が暮れていく森の中で、自分の死がとても近いところにあるような気がしました。自分が一個人であるというよりは、自然の中に溶けてその一部になっていくような。そこで見つけた畏怖と安らぎの感覚はいつも私の音楽制作の原点になっています」
アルバム中唯一、彼女の声以外の音が使用された「Inori」では、福島の原発からわずか1キロの海辺でフィールドレコーディングされた海の音を聞くことができます。福島の帰還困難区域解除時に行なわれた追悼式に招待された彼女が、地元の人たちが故郷に戻れるようにと歌った曲です。2011年の震災、津波で失われた命に捧げられたものですが、同時に地元の人たちが故郷に持つ多くの美しい思い出にも捧げられています。
アルバムタイトル「Aura(アウラ)」は芸術の一回性を説いたドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミンにインスパイアされたものです。パンデミックによるロックダウンをロンドンで体験したハチスノイトは、ライブで実際に観客と一つの空間を共有すること、生で起こる一度きりの体験の貴重さを痛感したと言います。パンデミックは彼女にとって内面を見つめ直すきっかけとなり、人生の喜びと豊かさを思い起こさせるものとなりました。
ベルリンのスタジオで行われたレコーディングでは、彼女はわずか8時間で全てのヴォーカルを完成させました。その後のロックダウンがきっかけで地元イーストロンドンでミックスを行うことになり、新たなコラボレーターとしてビョーク、M.I.A、FKAツイッグスなどのエンジニアとして知られるマルタ・サロニが参加することになりました。地元の小さな教会にレコーディング済の音源を持ち込んで、建築がもつ美しい反響音(リバーブ)を含めて再録音するという「リアンピング」という手法を使ったことで、デジタルなサウンドエフェクトでは得られない豊かな響きを感じられるアルバムが完成しました。「プロデューサーのロバートがこのアイデアを思いついたときはまるで奇跡のようでした。オーガニックな空間の反響によってすべての音に命が吹き込まれたのです」そうハチスノイトは振り返ります。
「言葉にならない感情、感覚。生まれたばかりの赤ちゃんの頃、母に抱かれ、母の肌を頬に感じたときの感覚を、どのように正確に言語化できるでしょうか。温もりや肌の湿度、愛情、安心感などーそれらの感覚を完璧に言葉で表現するのは困難です。私にとって音楽はそういった言葉にならない感覚や感情、記憶を翻訳することができる言語なのです」 -ハチスノイト
A1: Aura
A2: Thor
A3: Himbrimi
A4: A Caso
B1: Jomon
B2: Angelus Novus
B3: Inori
B4: Sir Etok
(2022年6月24日発売)