近年はジェンバー・グルーヴのタイトルのリリースで知られるドイツはハノーファーのレーベル『Agogo Records』より、ブラジルはサンパウロ生まれ/弱冠24歳のラッパー“Laíz”(ライズ)がレーベルメイトのThe New love Experience(ヒップホップ、トラップ、ラテン・グルーヴ、ジャズ、アフロビートといったジャンルの音楽を創作する芸術コミュニティ)と創り上げた1stアルバムがリリース!
1999年にサンパウロで生まれたライズは、実家でのエホバの証人としての生活に適応できず、14歳の時にサンパウロを離れアメリカへ移住。2019年にはベルリンへ移った。この移住の経験は、彼女がリリックの大きなテーマにディアスポラを取り上げるきっかけとなった。アルバムタイトル『Ela Partiu』(英「She has gone」、日「彼女は行ってしまった」)は、ブラジリアン・ソウル・レジェンド、チン・マイアによる同曲のタイトルに由来するもので、彼女とはサンパウロから離れた自身のことを指している(かつてカルト宗教団体ハショナウ・クルトゥーラに所属しながらもその後すぐに嫌気がさして脱退したチン・マイアの経験と自身を重ねているのだろう)。
ライズの家庭では音楽が禁止されていたわけではなかったが、厳格で保守的なエホバの家の制限内に収まる必要があったため、霊的または一線を越えないような敬虔な音楽しか聴く事が出来なかった(それはフィル・コリンズとバッハだったという)。そんな彼女がヒップホップ(ジャーマン・ヒップホップ)に出会ったのは、14歳の時にベルリンを訪れた時のことだった。ウィットに富み、切れ味鋭いリリックを繰り出すラッパーのフロウは、祖国ブラジルを見つめる彼女の心を駆り立てた。マルセロD2のようなヒップホップを通してサンバという伝統と向き合ってきたラッパーのディスコグラフィーを発掘し、彼女の新たな文化的な人生の幕が開けた。そしてトロピカリア・レジェンド、トン・ゼ―のエクスペリメンタル・サンバの名作『Estudando do Samba』(1976)はすぐに彼女にとっての道標となった。同様に、リトル・シムズやサンファのような現代の偉大なアーティストたちからもインスピレーションを受けたという。
このような特異な出自を持つ彼女がリリースした1stアルバム『Ela Partiu』(2024)は、ブラジリアン・ヒップホップと呼ぶだけでは足りない。彼女をサポートするThe New love Experienceのジャズ、ファンク、アフロ・ビートなど多様な音楽を混濁させた(しかしそれでいてまとまりのある洗練を感じさせる)演奏が本作をよりユニークな作品たらしめている。スーダンのトラップ・ラッパー、Zeyo Mannをフィーチャーした「Jongo」では、ジャズ/アフロ・ビートを基調とするグルーヴィーな演奏をバックにZeyo Mannがアラビア語でバイレ・ファンキ・スタイルのフロウを繰り出している。コートジボワールのシンガー、VOVAをフィーチャーした「Tipo Assim」では、オールドスクールなベースラインを軸にしたグルーヴにのせて自由闊達なフロウを披露している。他にも、ジェンバー・グルーヴやパット・トーマスとの仕事で知られるエリック・オウスが率いるパーカッシブな演奏をバックにした「Trimegistus」など、どの曲も混沌と洗練を同時に感じさせるような複雑なグルーヴを響かせている。
彼女のフロウ自体はバイレ・ファンキやブラジリアン・ヒップホップとの近接性を感じさせる(もちろん、言語が同じポルトガル語であるという点も大きいが)のにもかかわらず、The New Love Experienceの演奏はジャズ/ファンク/アフロ・ビートのミックスなのだから非常に新鮮。ストリートで鳴るヒップ・ホップとは一線を画したブラジリアン・ディアスポラとしてのヒップホップがジャンル横断的なスタイルの音楽を奏でることは半ば必然といえるだろう。Agogo Recordsのレーベルカラーにもぴったりだ。
A1: Hues
A2: Carcará
A3: Take EM
A4: Paranaue
A5: Jongo
B1: Trimegistus
B2: Bagdá
C1: Mena
C2: Ninho
C3: Tanta Coisa
C4: Fui
D1: Tipo Assim
D2: Skrevi Lá
D3: Chame Me
(2024年9月13日発売)
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